I.はじめに

子どもの読書の重要性というものが指摘され、2001年には子どもの読書の活動の推進に関する法律の制定以降、さまざまな基本的な政策が進んできています。しかしながら、法律を作ったり、施策を実施したりというだけでは進まないというところがあります。

「読書をしなくてはいけないからする」ではなく、「どうしたら、楽しんで読書できるのか」が非常に大きな課題になっています。このようなことをさまざまな人が伝えており、マーガレット・ミークは、その『読む力を育てる』という本の中で「読むこととはすなわち自らの内に語りかけることであるから、読んだことは読書の心の成長の過程に確かな印を刻んでいく」、「読むということが自分の中でも、子どもにとって非常に大切な精神的な成長である」といっています。

そこで、行政に何ができるか、そして市民に何ができるかと考えていく上で、ここでは米国、英国、そして日本の生駒市の例を取り上げてお話しします。

II.図書館支援組織としてのボランティア 図書館友の会(米国の事例)

米国ではボランティア組織として図書館友の会があります。まず、地域住民が市民として公共サービスである図書館を利用します。さらに、地域住民は利用者であるだけでなく、公共図書館などが地域の文化の拠点として、その図書館を支援していますが、これが「図書館友の会」(friend of the library/library associates)と呼ばれるものです。

その主な活動内容は日本とはいささか異なり、財政が厳しくなった図書館の経営を手助けするため、ファンドレイジング、つまり、資金調達をすることもあります。また、例えば企業の経営者とか、法律家といった、さまざまな専門家もボランティア組織に参加し、場合によっては図書館経営のアドバイスや施策啓蒙など法律関係のアドバイスをするといった役割も果たしています。

共通の理念としてあるのは、図書館サービスのアドヴォカシー(米国社会において一般に生活の質を改善するために、市民が自分からさまざまな課題を発議して起こす活動)を目指すということです。 つまり、図書館のアドヴォカシーというのは図書館が市民にとって非常に役に立つ存在であるということを念頭におき、市民にとっての図書館サービスがより向上するように、例えば、政策に結びつくようなロビー活動などさまざまな支援活動につなげていくことです。

このような市民による図書館サービス向上のための活動には歴史があり、例えば、鉄鋼王と呼ばれたカーネギーはカーネギーホールを創っただけでなく、米国内に約2,800のカーネギー図書館を作っています。

さらに、近年では、「図書館友の会」は、図書館の作業を単に手伝うだけではなく、図書館活動そのものへの支援や図書館への資金提供、資金調達など、さまざまな活動をしています。具体例のひとつとしてカリフォルニア州のサンフランシスコ公共図書館友の会が、サンフランシスコ公共図書館の経済効果について調査した結果を発表しています。この公共図書館は利用者のニーズの変化、利用者の求めに応じて、さまざまなサービスを拡大しており、その投資対費用効果として、投資1ドルに対して3.34ドルの効果があるという結果を出しています。そして、公共図書館が地域の中にあることで経済的な価値もあるのだということを友の会が示しているのです。
もうひとつの具体例として、ミネソタ州で、図書館職員やボランティアを対象に、コンサルティング事業を始めて、例えばマーケティングや寄付金の調達方法、また、図書館運営について友の会がトレーニングを行なっていきますというニュースも目にしています。 このように図書館のボランティアの役割というのは、図書館の業務を肩代わりするものではなく、市民として図書館サービスの向上を支援するものであるということがお分かりいただけると思います。

V.ボランティア以外の地域連携

次に、ボランティアと地域の連携の事例として英国の「ブックスタート」と米国の教育省が助成金を出している「読書プログラム」について紹介します。

1.ブックスタート(英国の事例)

ブックスタートは、1992年に民間機関であるブックトラストによって開始されました。楽しんで読書をすることがすべての子どもたちの精神的な発達の手助けとなることから、すべての子どもたちが公平な人生のスタートをきることができるようにと、バーミンガムで開始され、現在では、そのサービスを拡充しています。日本では、2000年に紹介された後、主に赤ちゃん向けサービスとして行われていますが、英国ではいくつかの点で違う方向へ拡充しており、これをご紹介します。

幼児期も含めた継続的なサービス

特徴のひとつは、幼児期も含めた計画的なサービスを実施していることです。乳児には「Bookstart for Babies」と呼ばれる、二冊の絵本と親へのアドバイス集をプレゼントするサービスが提供されています。米国のブックスタートは、このように初めは0歳児を対象に始まったのですが、一度のプレゼントでは、子どもの継続的な読書環境の整備には繋がらないので、次に、一歳半の子どもを対象に、「Bookstart+」というサービスを始めました。さらに、三、四歳を対象とした「My Bookstart Treasure Chest」という名称のプログラムもあります。このTreasure Chestは宝箱という意味で、宝箱がプレゼントに含まれていると同時に、自分にプレゼントされた絵本は私の宝物だというという認識と繋げていってもらうということがあると思います。

これらの継続的なサービスを実施すると共に、ブックトラストは、絵本体験が、子どもが小学校に上がってからの学習と深く関係しているという研究成果や、乳幼児はその家庭の読書環境に左右されてしまうため、ブックスタート事業が家庭の多様性にかかわらず読書習慣を形成する効果があるという研究成果も出してします。

「特別な教育的ニーズ」を充足させるサービス

最初に、「Booktouch」といわれる目の見えない子どもに対するサービスが始まりました。目が見えなければ、子どもは絵本を楽しめないので、触れる絵本が提供されています。次に、「Bookshine」と呼ばれる、耳の聞こえない子どもに、普通の絵本と併せてベビーサインなどを記したランチョンマット等とその親たちへのアドバイス集を提供するサービスが始まり、アドバイス集には、例えば、絵本をどうやって読んであげたらいいのかとか、どういうところに行ったらサービスを受けられるのかといった情報も提供されています。そして、もうひとつのサービスは英語を母語・母国語としない両親のもとに生まれた子どもへのサービスとして、アラビア語、中国語、チェコ語など27カ国語で絵本が提供するものです。これらのサービスが始まった背景には、子どものハンディキャップに合わせた親へのアドバイスが、子どもの読書環境を整備する上で、非常に効果があることや、聴覚障害のある赤ちゃんの言語獲得に関する研究が進んだことがあり、その結果さまざまなサービスに発展してきたのです。

このブックスタートというサービスはブックトラストが企業からの寄付を受けて、あるいは出版社からの本の提供を受けて続けていたのですが、1990年代の終わりになりますと、これが行政の施策と深く関わっていくことになります。

シュアスタートプログラムの開始

英国で特に重要な役割を果たした、子ども向けの施策がシュアスタートプログラムで、ワーク・ライフ・パランス政策の一環として1999年から始まっています。

このプログラムは、すべての子どもたちが人生において、最善の(確実な)スタートが切ることができるようにということから、乳幼児期の教育、保育、保健関係、それから家族支援など、それぞれ別々の行政組織のもとで行われていったさまざまな施策を統合して行う新しい試みで、いくつかの行政組織の改変が行われ、その中にシュアスタート課も設置されました。このシュアスタートプログラムの中でも、ブックスタートは早期教育の分野において、国からも予算がつき、民間のノウハウと国の予算とを結合させるなどの連携が進んでいます。

このように英国の事例はもともと、民間から始められたものですが、民間の力と行政の力が現在、上手に連携する形で進められています。


2.U.S. Department of Education Programs (米国の事例)

それでは次に米国の事例を紹介します。米国教育省のコミュニケーション・アウトリーチ局で、毎年、民間機関の行う約200の教育プログラムに対して助成金を出していますので、その中からいくつか紹介します。

Early Reading First

低所得層の子どもたちに重点を置き、乳幼児の読み書き、読書支援を行うプログラムです。専門的な力を持った教師が子どもの言語力、認知力の向上を図ることなどが中心となっています。

Even Start

子どもの家庭環境に差があっても、同じような環境で学ぶことができるよう、親への教育を含めてのリテラシー支援を中心としています。主として低所得層の家庭、親が十代の家庭、ネイティブアメリカン、刑務所に収監されている母親などを対象としています。

Striving Readers

中学や高校における学力不振者への読書や読解の支援です。学校の授業についていけない子どもたちを作らないための初等中等教育法(No Child Left Behind Act)改正により、まずは読み書きの力をつけることで、子どもの学力向上の支援をしていく取組です。

主なものを紹介しましたが、これらのプログラムは、リテラシー教育と読書支援との連携が非常に強く、学力向上の目的と貧困と非識字の連鎖を断ち切る目的があります。これらのプログラムは何年もかけ、成果を上げてきましたが、残念ながら米国も財政的に厳しいためか、ほとんどのプログラムの助成金が切られてしまったようです。行政の良さと民間の智慧や技術を上手に組み合わせた例だと思っていましたが、やはり予算の壁は厚くて、難しい課題を抱えていると言わざるを得ません。

W.連携への第一歩(生駒市の事例)

日本でも色々な取組が行われておりますが、ここでは生駒市の事例を紹介します。生駒市教育委員会によって2005年に、生駒市子ども読書活動推進計画実践会議が発足しました。公共図書館が事務局になり、中学校・小学校長、幼稚園・保育園長、行政の担当者、ボランティアの代表者、PTAの代表者、学識経験者など、色々な立場の人達が集まっていることが特徴であり、非常にフラットな関係で話ができてよいのかなと思います。
昨年度から今年度にかけては、学校図書館が課題の中心となりました。学校図書館の整備のため、今年は週一回ではありますが、全校に学校司書を配置しています。これを充実させるため、箕面市を視察した上で、学校図書館の施設整備のありかた、週一回の人員配置では選書やサービスが十分に行えないこと、教員と学校司書の連携の重要性などについて話し合いました。その議論を聞いて感じたのは、多様な立場の委員はそれぞれの視点からの意見をもっていますが、理想とする方向がほぼ同じである、ということです。また、学校司書配置の取組の結果、教員からは「学校図書館を利用することで、自分の授業のやり方が変わった」という意見が寄せられ、図書館に関心のなかった保護者からも「学校図書館は、子どもが本を読んだり、学んだりしていく上で非常に役に立つということがわかりかけてきた」との声が寄せられたという報告もありました。その他の委員からも週一回の人員配置は、大きな一歩ではあるが、まだ課題も多いという意見がいくつか出されました。それらの課題を踏まえ、学校司書が一人職場であることや学校から大きな期待をかけられていることから、公共図書館がバックアップを始めていることも報告されました。結局、行政が責任をもって学校図書館を整備していくものではありますが、行政だけではなかなか手が回らない部分を、市民からも知恵やノウハウを提供して共に支えていくという構図ができあがり、それも無理やり作られた形ではなく、お互いが顔をあわせて、同じ課題に向かっているという認識を共有する中で、非常によい形で進んでいるのではないかと思います。

生駒市でも子ども読書活動の推進計画を策定しており、その時に副題をつけました。いくつか案がありましたが最終的にできたタイトルが地味なのですが、「伝えようドキドキワクワクを」というタイトルです。これは、大人が子どもに読書の楽しさを伝えていきたいこと、子ども自身も伝えられるが強要しないこと、子どもは笑顔で本を読むものという画一的な姿を求めないこと、などさまざまな理念のもとに選ばれた副題です。
子どもの読書を推進するにあたって、子ども自身に何かを求めるのではなく、子どもたちがよりよく生きていけるように読書環境を整備することが一番のポイントであるという理念が土台にある事例をご紹介しました。

X.おわりに

最後に、元の話に戻り、では行政は何ができるのか、市民は何ができるのかといった時に、それぞれが色々な課題を抱えています。行政は公共サービスや教育をしていく責任があるがお金がない。市民はそのサービスを享受するということは、市民の権利でもあるけれど、それを権利として長く享受していくためには、よりよい図書館サービスをうけるためには、図書館に対する応援団として支援をしていくことが望ましいでしょう。まず、どうしたらよりよい図書館サービスが提供できるか、よりより子どものための読書環境を整備できるか、ということについての智慧を皆で出し合うことが重要であり、その上で、少ない担当者だけでは提供できない知識や技術を市民から提供してもらうということも考えていかなければならないと思います。

読書支援のためには、子どもに対して図書館も、学校も幼稚園も保育園も、保護者も、それから親や教師や図書館員も、それから博物館など、色々な行政の施設も、病院も(入院している子どもたちへの支援も必要なので)、お互いにいろいろな連携や支援を複雑に組み合わせていけると、もっと新しい子どもの読書支援の形ができていくのではないかと思います。色々な連携や支援というものが複雑に組み合わさってやっていけると、もっと新しいものができていくのではないかと思います。

それでは、これで終わりたいとおもいます。ご清聴ありがとうございました。